今日は久しぶりによく眠った。夜ではなく、昼間。電車で座ったとたんに爆睡。学校で椅子に座った途端に爆睡。寝る、寝る、寝る。ひたすら寝る。授業も今日は覚えとりません。すいません。

これが証拠だ〜〜!!葉っぱはトゲトゲなのに、花はナスなのである。
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ギャオの無料公開期限が迫っているので無理やり夜中に観てしまった。なかなかよい。久しぶり。
人間は暑さには耐えられるのであるが、機械類は暑さに耐えられないのである。だから、機械のある部屋には冷房が絶対必要で、人がいる部屋は冷房なんて要らないのである。不条理だと思った。僕は機械ではないので暑さに耐えられます。
さて、最近読んだ本の紹介。
前半はあまり面白くないと思ったのだが、後半になるにつれてどんどん面白くなっていく。住所がないと何もできないという日本。結局は土地に縛り付けたいだけなのかもしれないなと思った。
最も美しい統治政策は支配されていることに被支配者が気づかない方法であると思う。刑法の考え方を援用すれば、原因と結果の間に社会的に相当な因果関係がなければならないのだろうけれど、天才的支配者は社会的に相当なんて思ってもみないような完全犯罪をもくろむのであろう。それが神であると言うのであれば、神の存在を信じる人の気持ちもわからないでもない。この発想はマトリックスに似てるかもしれないな。
つまり、たいがいのつぼみは織り畳まった状態になっていて、それがじょじょにひろがっていくのであるが、桔梗の場合は織り畳まっているのではなくて、ほうずきのほうになったつぼみがぱちんとはじけるようであるから、びっくりなのである。
苦瓜のイボイボは、ゴジラのイボイボに似ているなあと、学校に行きがけに通りかかった地元の八百屋で思った。その隣を見るとパイナップルが250円、メキシコマンゴーもの250円、キウイも4個で190円。どれも破格である。苦瓜を含めすべてをご購入。袋をぶら下げて学校に行ったのであるが、変な人だったかもしれない。しかし気にしない。小さな事でめげてはならないのである。
ところでパイナップルと言うのはとてもいい匂いがするもので、ぶら下げていても甘い香りが漂ってくるし、近くにある限りどうにもこうにも鼻の下が伸びてしまいそうないい香りがするのである。帰って食べたらものすごく甘くて感動した。キウイには何で毛が生えているのかが謎なのである。たぶん、あまりに放置しすぎて毛の生えてしまった卵なのだと思う(嘘)。メキシコマンゴーはいつも甘い香りにだまされて、熟れる前に食べてしまって舌が痺れるので、今回は頑張って我慢しようと思う。
それにしても、野菜にしても果物にしても、あんなものが木にぶら下がってるのだから世の中不思議なものだなあと思う。
学校の前の植え込みに咲いている雑草の花がナスの花にそっくりなのである。葉っぱの形は違うのだ。どんな実をつけるのかが楽しみだ。

咲いたらこんな花でした。

どうしてもこいつが咲く瞬間が見たくて、そして中に何かが入ってるような気がしてならないので買ってしまいました。
この世から誕生日なるものと年齢なるものがなくなってしまったらどうなるのだろうか?きっと何も起きないに違いない。誕生日を忘れて困った猫なんていないし、年を忘れて慌てふためく犬なんかも見たことがない。ついでに、そんな人間も見たことがない。どうでもいいものなのだ。
外国製のMP3プレーヤーが、買って3ヶ月で壊れたのだ。残念。すぐ壊れたから修理しに行こう。きっとただで直してもらえる!
今日は何を血迷ったか、キャラメルコーンのマンゴープリン味を買ってしまった。あげる友達のいなかった太郎君は一人で一袋食べて、気持ち悪くなった(正確には、無理して食べようと袋からザザ〜と口に流し込んでいる最中に会った友達に一粒あげた、と言う書き方をするとものすごく自分がケチ臭く聞こえるが、汚いと思われたら困ると思っていっぱいあげられなかったのだ)味は、旨かった。
授業中、集中できなかったので、気づいたら爪に落書きをしていたのだが、なんか消えないんですけど…どうしよう。♡とか落書きしてなくて本当によかった。
今日、偶然発見したのだが、学校の目の前にあるパラオ大使館の入っているビルの前にはポールがあって、そこにパラオの国旗がなびいていたのである。パラオの国旗知っていますか?
日の丸の白いところが水色で、赤いところが黄色なのである。
社会人になってからだと子育てが大変だろう。だから、学生の間に子育てをすればいいのだ。学生は基本的に暇人だし。大学生だったら4年間だから結構いいはず。子供がいる学生の授業料を免除する法律を作って、ついでに大学には無料保育施設(食事代などすべて込み)を作るように義務付けて、ついでに寮も斡旋してやればよいのだ。単位認定も甘くしてあげればなおよい。結婚不要でカップルであれば優先すれば、若年結婚に多いとされる離婚も問題とならないだろうし、くっついたりわかれたりの多い学生なら、すぐ別の相手が見つかるだろう。子供好きの学生も多いだろうから、面倒見るのも色々手伝ってくれたりするのではなかろうか。
めだか〜の学校は〜堀の〜中〜
じ〜っと覗いて見てごらん、じ〜っと覗いてみてごらん
みんなで仲良く泳いでる〜
と言うわけで、堀の中に大量発生するめだかと思しき小魚の大群を目撃したのであります。
イライジャウッドという役者がいたような気がする。それはイライラとは何の関係もない。
今日はイライラする、と書くと、年齢計算に関する法律のごとく丸一日ずっとイライラしているように思われては困ると思ってしまうくらいわけのわからんレポートのせいでイライラしているのだと思ったのであるが、なんのことはない。
たんに先ほど足を蚊に刺されただけなのである。
蚊に刺されて痒いだけでイライラするとはなんとも自分は小さな人間であるなあと自分に憤りを感じるあたりも、イライラから生じているのであるからなかなか複雑である。
海を越えた遠くの国には刑法で差別罪というのがあるらしい。差別をしたら刑法上の罪になると言うのだ。日本にもあるのだろうか。
ある地下鉄の駅では「この駅は監視カメラによって管理しております」というような注意書きがあるが、これは犯罪防止のために書いているのかもしれないが、逆を言えば駅員がそばにいないことを明言しているのであって、やることやってすたこら逃げれば、後から捕まらない自信があれば何でもやってくださいと言わんがばかりの内容である。ひどいと思った。
ここから先はちょっぴり法律チック。足が痒いので説明不足は許してください。
憲法の有名な判例で尊属殺重罰規定(親殺しを厳しく罰する法律)があるのだが、あの事件はどうして無罪にならないのかが理解できないのである。正当防衛だと思うのだけれど。
そして八幡製鉄所判決。会社も人だから人権を尊重されると言うのだが、ありえん、と思う。人じゃないだろう…一人ひとりの人を守るための憲法なのに、会社にも人権を認めたらどうしようもないと思うのだが。
法律なんて、って思ってしまいたくなるほど足が痒いのである。
猫が左右を見て道路を渡って、カラスがアクロバット飛行をする世の中なのである。
睡眠時間を短くする実験がラットで成功したと言うニュースを見た。ヤバイ!!!!
今日は朝は大雨だったらしいのだが、起きた頃には雨がやんでいて、家を出たらいい風が吹いていたのだ。で、市ヶ谷駅で信号待ちの間にスズメが信号のパイプの中に巣を作っているのを見つけたものだから、あまりにいい気分になり、風になる、と決意し、どど〜どどど〜どどどどど〜などと風の又三郎の気分を盛り上げ、信号が変わった瞬間学校までうら〜ら〜と叫びながら走っていったら汗だくになったのである。うむ、北風小僧の貫太郎のほうがよかったかもしれない。ヒュ〜ンヒュ〜ンと小さく呟いてみたが涼しくなるわけもなかった。
で、授業後は見知らぬフレンチブルドックに笑顔で挨拶された後、飲みかけのコーヒーにとまったテントウムシとキスするところだったのである。
いまここで「テントウムシ」と入力しようと思ったら「天道虫」と変換されるではないか!「点十虫」だとばかり思っていた自分にとってこれは衝撃である。背中の模様が水玉だからその名前がついたのではないのか!謎だ。名前と言うのは謎だ。蛇のことをクチナワといってみたり、うわばみと言ってみたり。クチナワなんて口縄なのか朽ち縄なのかわからん。初めて「うわばみ」という言い方を知ったのは去年、星の王子様を読んだときだったのであるがそのときは「うわずみ(上澄み)」だとばかり思って読み進んでいたのでまったくもって意味不明だった。ついでに今日授業で「ストリーキング」の例があったのであるが、それもつい最近まで「ストリートキング」だと思っていて、確かに裸で路上を歩くなんて「路上最強」であるなあ、と勝手に納得していたものだから、どうしようもない。
今日の授業はと言うと、刑法で「子供にもわかるように正当防衛と緊急避難の具体例を説明しなさい」という問いの答えをずっと考えていたので、他の内容がまったく頭に入らなかった。
授業中に考え出した答え:
正当防衛の例:
ジャイアンに殴りかかったノビタ。風呂を覗きに来たノビタに水をかけるシズカちゃん。痴漢の靴を踏むOL。
緊急避難:ジャイアンに殴られたくないのでノビタを虐めるスネオ。理不尽にも母ちゃんに怒られそうなのでとりあえずノビタのせいにするジャイアン。チンピラに絡まれたので彼女を捨てて逃げる会社員。
具体例といわれて真っ先に浮かぶのがドラえもんと言うのは不思議なものだ。
しっくりこない上に嘘っぽいので考えることをやめたのである。
相当な憤りを感じる看板です。2ヶ月も通っている道なのに今日はじめてこの存在に気づきました。

四谷付近の自動販売機の側面に描かれていた広告。
まったくもって謎です。

松の木はいい加減飽きてきた。どの葉もどの葉もトゲトゲしていて、たまには泰山木のような大きな葉を伸ばしてみたいものだ。そこである夜踏ん張ってみることにした。ふんぬ!!!朝になったら足元からきのこが生えていた。ま、いっか。
きのこは絶望した。なんでまた松の木の下でしょんぼりとしてなきゃならんのだ。そこで踏ん張って傘を開くことにした。ふんぬ!!!傘が反り返ってそこに雨水がたまった。ま、いっか。
それをみたタンポポはこうしちゃおられんと焦燥感を感じた。そこで雨にもかかわらず綿毛を空にむけて気合を入れた。ふんぬ!!!一気に爆発。種を残して綿毛だけ飛んでいった。
その光景を目の当たりにした紫陽花は驚きのあまり端っこしか咲かなくなってしまった。
カラスはそれを見て目を回した。あわてて石灯籠の中に隠れて引きこもってしまった。
カメはそれを見て大喜び。池の中を縦横無尽に泳ぎまわった。
迷惑をこうむったのは鯉。うるさくて寝ていられやしないので池の主に相談に行った。そしたら池の主はこういったのだ。「お前の髭が気に食わん。」生まれつきちょび髭の生えている鯉は、いかんともしがたく、いつも苛めているアメンボに愚痴った。
するとアメンボは晴れるまで待って頂戴ねと言ってスイスイ行ってしまった。
あくる日、雨がやんだところ、アメンボは石に登って体を乾かし、勇気を振り絞って空を飛んだ。そして、水のたまったきのこの傘まで飛んできたのだった。
あめんぼはきのこにこう言った。「僕にだって飛べるのだから君が飛べないわけがない」
きのこはそれを真に受けて、本気を出してみた。きのこはスクリュー回転をして空を飛んだ。その姿があまりに滑稽だったので石灯籠の中から眺めていたカラスは思わず大笑いして、その拍子に石灯籠からずり落ちた。あわてて飛びたって止まったのがカメの甲羅の上。
カメは驚きのあまり両手両足と頭を引っ込めたら沈んでしまった。そしたら不眠のため居眠りしていた鯉の頭にぶつかった。寝ぼけてる鯉と亀は慌てふためき「すいません」といって仲直りしてしまった。
だから、六義園のきのこは傘が取れてて、カメと鯉がたくさん泳いでて、カラスが石灯籠で雨宿りした後に大笑いして、紫陽花がちょっと咲いていなかったのであります。

問い:Xは事故によって片腕が取れてしまったが、たまたまその片腕を拾ったAは焼却炉に捨ててしまった。Aの罪責を問う。
む、わからん…というかちょっと残酷な問いである。
【“刑法の問題”の続きを読む】
先日ブログに登場した看板犬のアンディであるが、よく見たらアンディではなくてアンティだったのである。名前を間違えたものだから今日のアンティは不機嫌になってキレたのである。ごめん。
でまあ話し変わってワールドカップ。これってW杯と書くが実はこれは傑作ではないかと思うのである。だってWCじゃトイレと間違えられるし、世杯じゃまるで世の器のようで壮大なる事極まりない。二文字でワールドカップを伝えるにはたしかにW杯っきゃないのである。それにしても早稲田生はこれにあやかって早稲田カップW杯をやるかと思いきや、あまりにそのままで恥ずかしいらしく隈カップなる試合をやっていたような気がするが、これが中央大学だとちゅうハイになってしまうわけで、どうしようもない。
帰り道、車道のど真ん中に拳くらいの大きさのガマ蛙が座り込み。おいおい、そんなところで考え込んでると大変だぞと話しかけ、傘の先っぽで尻を突っついて端っこに寄せておいたのだが、あいつ、どこから来たんだ?
ある方が井上ひさしが面白いと言うので、とりあえず古本屋で20円で売ってた本を読んでみた。
ブンとフン / 井上 ひさしナンセンス小説と言うのはこういうことを言うらしいのであるが、こういうのを表現がうまいと言うのだと思うのである。表現力のうまさは、どれだけ飛ばせるかにかかっているに違いないと思うときがあるのだ。飛ばすといっても伝わらないかもしれないが、風が吹けば桶屋が儲かるように、ビルの自動ドアがどこでもドアだったりするみたいに、普通の一歩のつもりで踏み出した一歩がとんでもないところへつながってたりするような、好きな子なのに気づいたらいじめてたような、白髪三千丈なんて表現がとてもかっこいいような、爪を切った瞬間に空に飛べるんじゃないかと思ってしまうほど酔っ払ってしまったり、朝目が覚めて犬になってたらまずどこを見て気づくだろうなどと本気で悩んだり、地下鉄トンネルが全部水族館だったらきっと電車の窓から見える景色はきれいだろうと思ってしまったり、お堀でトライアスロンなんて汚すぎて絶対に無理だろうと思ってしまったり、だいだらぼっちの足跡が琵琶湖だとすると次の一歩はどこにあるのだと必死に考えてしまったり、それで調べてるうちに実は西日本のだいだらぼっちは目が一個しかないのに東日本のだいだらぼっちはそんなことないからどうも二人いたらしい事実に気づいて世界に誇る大発見であると喜んで窓を開けてあお〜んと叫ぼうと思ったらあまりに満月がきれいに輝いていて薄い雲がかかっていたものだから思いのほか空が明るくてこれはもうどうしようもないほどに空が青いことであるよと嘆息しようと思ったら近くに咲いているアジサイが昼間見たときには真っ青だったのに真っ白に変わっていて、こりゃきっと空が青いのはアジサイの色が空に抜け出したからに違いないと思い込んで、となりのアジサイを見たら真っ赤なのであるから、こいつは夕日を染めるのを忘れたに違いない、怠け者である、こら、と怒ろうと思ったら雨のしずくが一粒、額にペチとあたったものだから、これまた自分はどうしようもないほどに雨男であるのだなあ、と空を見上げたらやっぱり真っ白な満月がぎょろりとこちらをにらんでるわけであって、飲みすぎてすいませんと思わず頭を下げてしまったらリュックサックが頭の後ろから落っこちてきたのであるから、飲んだ日には小人の大名行列が見えたといっていた赤塚不二雄の言うこともまんざらではないのだなあと思ったところバカボンの「馬鹿田大学」の校歌を思い出しつつ、早稲田をもじって馬鹿田は許せるが慶応をもじって「低脳義塾大学」はあまりにひどいと笑いながら言っていた人のことを思い出してぷっと笑ってその人にメールを送ってしまったのであるが、その内容もやっぱり酔っ払っていたのに温かい返事をもらったものだから、これまた舞い上がってスキップをしながら家に帰ったのである。
また見ちまった…
少林寺拳法を習いに行ったらターミネーター2と神様の使者に追いかけられ始めた。神につかまれば魂が抜かれ、ターミネータにつかまっても殺される。そんな訳で必死に自転車で逃走。しかし追いつかれそうなので自転車を放棄して八百屋に隠れる。と、太った河童が歩いてくる。「よお久しぶり!」なんて声かけてくるのだ。よく見るとその河童は河童の形をした瓶。「頼む、隠れさせてくれ!」といって、その中に入って息を潜める。しかしやってきたターミネーター、何度か行き来しているうちに気づいて河童ごと車の荷台にに積み込む。大ピンチ。車が止まった際に脱走。神様の持ってるフラッシュメモリーを奪う。そして、パソコンに差し込み暗号を解く。一箇所といたところで再びつかまる。絶体絶命。しかし、神様は優しかった。暗号を一箇所解いた功績を認めてくれて助けてくれました。
またしてもハッピーエンドである。
静岡地裁で、胎児に対する傷害致死罪が認められたらしい。胎児は普通母体の一部だと考えられてるから、母親を傷つけた傷害になるのところが、この判決では「子供が死んだ」と認定したらしい。
常識的にはしっくりくる判決だ。
厄日などと言う題名をつけると大喜びで読んでくれる人がたくさんいるだろうと僻んだ気持ちで少し書く。とは言うもののの、読む人が増えるのは心配してくれるからであって人の不幸が喜ばしいわけではないのであろうと、やはりハッピーな気分になるわけであるが、あまりやると狼少年になって心配してもらえなくなる。狼少年と言っても、狼に育てられた少年のことではなくて、狼が来たと嘘ばかりついていた少年のことである。
財布落とした。家に帰ろうとして気づいて焦って探し回って、ドトールで見つかったけど。授業で生徒の発表に質問したら教室が爆笑の後、凍りついた。授業後に残って話していた大人の会話についていけなかった。学校で飲む飲み物の買いだめを忘れた。今日はポイント2倍だったのに。
つまり、今日は、たいしたことなかったからよかった!!!
そして今日あったいいこと、ブログのコメントをくれてた人の中で唯一誰だか確実にはわからなかった人が判明したこと。財布が見つかったときのドトールのお姉さんの笑顔がよかったこと(多分財布が見つかった喜びがお姉さんの笑顔に投影されたから)。電車で寝られたこと。学校付近の喫茶店にいる看板犬の名前がアンディであることがわかったこと。機嫌が悪いと怒るから触るなとの注意書きがあることに気づいたこと。紫陽花がいい感じに咲き始めたこと。桜の木からぶら下がってた毛虫をうまく回避したこと。飯がうまかったこと。
うん、今日はいい一日だった。
最近出た新商品の星型のドーナツがうまいのである。少々お高いがうまいのである。
昨日、みんなの歌を偶然見たら、星を食べてお腹を壊すと言う歌があったのだが、星型のドーナツは食べてもお腹を壊さない。
学校へ行く道は、ずっと右側が防衛庁である。高い塀があるのであるが、そこからは草が垂れ下がっているのである。ずっとツタだと思っていた。しかしそれはよく見るとポトスのようなもの。つまり、壁に張り付いていないのである。そして、今日気づいてしまった。その一部が造花なのだ。プラスチックの作り物。
たぶん、あの草で隠された壁には、ミサイル発射の窓があるに違いない。
帰り道、防衛庁から出てきた二人組みが話していた。「学生が爆発じゃあねえ。ハリウッドだったらハッピーエンドなんだろうけどねえ。」
一体、何の計画を立てているのだ…
と、今日ニュースを見ていたらNHKのチャンネル数を減らすとの事。教育番組が減ってしまうのだとしたらそれはとても残念なことだと思うが、少子化だから大人たちにとってはどうでもいいことなのだろう。とりあえず、スケベな番組とお笑い番組とゴシップ番組をやっておけばそれで大人は満足なのだ。
わかりやすくいえば、アラブの石油王のために、金儲けしてるやつ(私募ファンドと言う)なのだ。そいでもって「物言う株主」とのたまって、なんとなく小規模投資してる株主の見方のような顔をして、実は会社と消費者を困らすだけ困らせてるのである。という見方もできる。
でも、いいことだってしたじゃないか!蜘蛛の糸で、大量強盗殺人犯のカンダタが蜘蛛を殺さなかったように。という例えもできる。
ここまで書くと村上さんを好きな人を敵に回しそうなので、いい人だといっておこう。彼はいい人です。株主の地位を向上させるきっかけを作ってくれました。株主なんていないも同然にしか思っていなかった殿様企業をびびらせてくれたのだから。
結局のところ、何かをする限りいい所も悪い所もあるのであって、そんなものはごちゃ混ぜでよくわからないからとりあえず「法」が悪いことを決めているのだろう。
大学のゼミの友人たちが、村上氏逮捕についてブログを書いているのを読んで、しっかり反村上の狼煙を上げているのがわかってほっとした。
ただ、ここで法律論を展開できないのが口惜しいわけである。なぜなら、勉強不足だから。
今日は、生存権に関する憲法判例の要旨をいくつか読んでいて、嫌な気分になった。裁判所は貧乏人を助けないらしい。基本的に経済的弱者を助けるのは政府の仕事だから裁判所は関わらないのだそうだ。
ひどい話だ。
生存権の話が出てくると、いつも思い出す人がいる。大学時代の憲法の先生。
僕が授業をとる前の年、倒れて、前期はすべて代講。後期になって授業をしてくれたのだが、まだ麻痺が残っているのであろう、片足を引き釣り、片手も満足に動かず、授業にいたっては、教科書の同じ箇所を何度も読んでしまったりすることもある、まさに満身創痍の状態で授業をしていたのだ。
そんなに不自由しているのになぜ彼は授業をしているのだろう。不思議に思った。
しかし、彼には熱い思いがあったのだ。
それが憲法25条「生存権」。健康で文化的な最低限度の生活をする権利の保証である。
憲法25条の生存権が「具体的権利」かどうか(つまり、裁判所に助けてもらえるか)が見解が分かれている。
ネックになるのは、裁判所はどう助けてくれるかというと、「法律作りなさい」と言ってしまったら三権分立に反するとか、もうどうでもいい。
要するに、「助けてもらえない」のが常識だったところに、「助けてもらえる」と言い続けたのがその先生だったのだ。
退官するまで言い続けたのである。そして、徐々に無視できない学説になっていった。
つまりだ、学者たるものどれだけ満身創痍になろうとも、声を大にして言い続けなければならないものがあるのだ、と身をもって示したのがその先生であり、大学1年のときの僕はその姿勢に心を打たれたのだった。
夢。
ご〜〜ご〜〜という音が窓の外から聞こえてきたので、部屋の窓を開けてみたのだ。そしたら、隣家が燃えている。火星人が襲撃してるのである。あのよく見る、真っ白で目玉が真っ黒ででかいあの火星人が。凍りついている間になぜか自分の部屋にも飛び火。必死になって消火活動をする。それを、あの冷たい目で見る火星人。やべえ、今度は俺が狙われるのか。。必死に刺激しないようおとなしく消火活動、しかし心は焦って濡れタオルで抑えて消火活動をして消し止めました。そこで目が覚めた。
またしてもハッピーエンド。
早稲田に遊びに行ったら、高田馬場駅にあった「甘栗太郎」が「お台場冒険王」の広告に変わっていたのだが…あれはつぶれてしまったのであろうか???
早稲田はおとづれるたびにお店が入れ替わっていて、まさに「生きてる」感じがする。
ちなみに「宝夢蘭」(たぶんホームランと読ませたいのであろう)というラーメン屋もなくなってました。
いやあ、もう、感動なまでの町の新陳代謝のよさ。
空腹のときは何でも食べ物に見えるのであるが、レンガの道路を歩いているときに、レンガがはがれた穴を埋めている新品の光ったアスファルトを見て、キャビアがこぼれてると勘違いしたときには、さすがによくないと思った。
先日、映画監督の今村監督がなくなったニュースを見た。惜しい人を亡くした。と思ったが、よく考えたら彼の映画をひとつも見ていないことに気づいた。知っていることと言えば、カンヌで「うなぎ」が賞をとったのに、賞をもらえるなんて思ってなかったから先に帰国をしていて彼の代わりに役所こうじがトロフィーをもらって、それを見た外国の人が「あら、今村監督って結構かっこいいのね」と勘違いしたという話を覚えてるだけなのだ。惜しい人を亡くした。
猫の身長が30センチだとして、人の身長が180センチだとすると、自分の6倍の身長の生き物が人間なのである。人間の6倍だと大体10メートル。顔なんて見えないのだろうなあ。猫の視線を体感するために、地面すれすれに顔を持ってくると、痴漢と間違われたたら大変だからやらないけど。
小学生の描く絵は頭の天辺が平たいのであるが、それもきっと、天辺は見えていないからなのだ。とするとだ、あの絵は真実を語っている。あの怪しげな形も、色も、表現力がないからではなくて、あれが彼らに見えてる世界だとしたらそれはもうものすごいことなのだ。巨大な目、平たい頭、太い足なのに肩はない。子供にとって大人はまるで妖怪。
今日から駐車禁止の取締りが厳しくなったからなのか、宅急便から新兵器が出たのを発見!!
電動自転車でリヤカーを引いていた。
あぁ。偉大なり。