続早稲田太郎的日記

続早稲田太郎的日記

長谷部先生

今日はロースクールに,メルボルン大学のロースクールの先生が来て特別講演をするというので,興味本位で1時間だけ聞きにいった。

名前のことなど何も知らずにいったところ,通訳をしている先生が,「長谷部先生,長谷部先生」といっているように聞こえた。彼はhathaway先生というのだった。

久しぶりに英語の論理構造。結論先出し,根拠,具体例。熱いメッセージも忘れずに,ユーモアを交えるという,あのタイプの講演を聴いて,いい気分。しかしまた,ゆっくり英語しゃべっているのに半分も聞き取れない自分にも唖然。

難民問題ねえ。

どうせ質問する人なんていないだろうと思って,実はいくつかの質問を用意していた。英語不得意の早稲田太郎はその場で考えるのは難しいので事前準備。変だったらまた直してください。

What do you think japan gavernment won't find refugees in Japan?

What is merit for Japan to receive refugee?


まあ,だいたい講演の中身で解決されていたのだけれど,意外と質問が多く出たので聞けずじまい。ひとつめについては,条約に締結した以上は守るべきだということ。二つ目に付いては,それは人道的にすべきなのだということだったように思う。

難民受け入れにどんなメリットがあるかなんて,質問自体が的外れに思われそうだが,その説明が出来なければやはり日本で積極的に進めるのは難しいんじゃないかと思う。特に,日本では「人道」という言葉に否定的なイメージが付きまとうのだから,他の理由が欲しいところ。

長谷部先生の最後のメッセージは,「法には力がある。だからこそ,法を扱う者は責任を持たなければならない」というものだったきがする。僕が誤訳していなければ。ノブレス・オブリージュというかなんというか,エリート主義の発想。エリート主義といっても肯定的な意味でのエリートなのだが。発想が日本的でない。

熱い人間が少しずつ世の中を動かしているのかもしれないと思ったのでした。

あと,言葉の問題ね。いや,長谷部先生の講演は言葉がわからなくても説得的というものだったのですがね。

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16倍速勉強法

16倍速勉強法 (Kobunsha Paperbacks Business 15)16倍速勉強法 (Kobunsha Paperbacks Business 15)
(2008/03/20)
本山勝寛

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16倍速で読み終わる本だった。

地頭×戦略×時間×効率で勉強成果が現れるとして,それぞれ2倍にすれば16倍になるというもの。地頭強化のためには計算問題と読書,戦略はゴールから逆算してなるべく細かく,時間は細切れ時間も有効に使い,反復で効率アップという,知っていることばかり。だが,やってないことばかり。

こういう本,たまに読みたくなっっちゃうんだよなあ。
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小川未明童話集

小川未明童話集 (新潮文庫)小川未明童話集 (新潮文庫)
(1961/11)
小川 未明

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いいね。帰り道,一日二話ずつ読んでいったところ,本を閉じるときには不思議と一日に起きた色々な出来事が流れていってすっきりした頭になっていることに気付く。そんな本。

随分前に,先輩が勧めていたのだか,読んでて面白いという話を聞いただけだったのか,どちらか忘れたが,頭の隅に覚えていた。ふと,古本屋で売っていたのを見つけて買ってそれからまたしばらくたって。なんか気になって,というよりも,楽に読めそうなものを選んだのだけれど,本棚からふと手にとったのだ。


童話というとどうも説教じみて嫌だと思いがちだが,それは嘘である。人間の汚さとか,救いのないものとか,後味の悪さとか,そういったものが,誇張されることなく,ただ普通の出来事のように切り取られていて,そこがまた現実的なのだ。

といいながら,たった一つだけ,ぐっときてしまったのがこの短編集の中の「小さい針の音」である。

こんな一節

「みなさん,大きくなったら,どんな人になろうと思いますか」
彼は,生徒らに向かって,こういう問いを出したのでした。すると,あちらにも,こちらにも,かわいらしい手が挙がって,先生!先生!と,争って呼ぶ声が聞こえたのでした。彼は,その中の一人をさすと,その子は立って,
「いい人間になります」と,答えた。
彼は,その子供に向かって,
「いい人間って,どんな人ですか?」と,尋ねた。その子供は躊躇なく,りんごのようにほおをほてらして,
「世の中のために働く人になります」と,答えた。

なんていうところがありまして,いかにも道徳的でいつもなら,げーと思ってしまうのだが,そういやいいひとってそういう人のことだったのを忘れてたなあと思ったりしたのでした。


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もしもしボックス

ドラえもんの道具に「もしもボックス」というのがあったはずだが,しばらく「もしもしボックス」だと思っていた。もしもしボックスでは,ただの電話ボックスである。


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笑点

いやまあふと思い出したのだが,円楽が引退するとき,こん平は長期入院中。病床からメッセージを送った。その書き出しが「鬱々とした日々を過ごしております」。落語家の言葉の選び方は真似できないなあと思った。

これまたどうでもいいのだが,去年楽しかった授業で,外国人との交渉をどうしたらいいかというのを雑談でしていた。アメリカ人はフェアという言葉に弱い,フランス人は哲学という言葉に弱いのだという話。アメリカ人ともフランス人ともやりあうためには「僕はフェアを哲学としている」とでもいったらいいだろうか。

文は人なり。

友が,どこかで頑張っている姿を想像して,僕も少し頑張ろう。


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ロンパ

ロースクールでは「ロンパ」というと,論証パターンということを意味する。というのを知ったのは実はつい最近。

論証パターンというのは,法律の解釈において学説上争いがある点について,なぜ争いが生じるのか,どの説を採ることが適切なのか,それはなぜなのか,を簡潔にまとめたものを言う。少し前は論証ブロックといわれたらしい。

僕の感覚では論証パターンのことだと知るまでは,「ロンパ」というと「論破」の方が浮かんでしまって,徹底的に自説で戦って,相手の論陣を破るイメージが浮かんでしまう。そんな堅苦しいものな訳がなく,その次に頭に浮かぶのは「ロンドンパーティ」なる怪しげなパーティがあるのではないか(なんとなくパブでドンちゃん騒ぎするような気がする)ということだった。もしくはひょっとすると麻雀のことではなかろうか(ロンというパーティ),などとどうでもいい空想ばかりが浮かんでは消えていくのである。

自分を見失わないということと,独りよがりにならないということの,その間が難しいと思う今日この頃。

ところでやっぱりしっくりこないところがある。

JSミルは功利主義者だといわれるのだけれど,ミルの主張するのは自由が制限されるのは他人を侵害するときのみであるという加害原理。これに対して功利主義は最大多数の最大幸福であるから,多数の幸福のためには一人の不幸も許されるとする。しかし一人の不幸は既に加害原理に反しているのではないかということなのだ。

加害原理はパターナリズムとの対比で使われるに過ぎないとの説明は,やはり説得力に欠けるような気がする。

この話,大学1年のときにもっとわかりやすく論戦をした気がする。結局のところ,同じところにずっととどまり続けているのだということは少し後退しているのだと思った次第。


まあ,こういうことは法哲学の世界で考えることだから,深く考えなくてもよい。と思ってみたのだが,これを株主主権論で考えたらどうなるのだろうかという気持ちが頭をもたげてくる。少数株主の利益と,多数株主の利益。政治的・精神的自由と経済的自由を議決権と株式価値に置き換えたら。

これも大学のときに一人でぐずぐず考えていたこと。グズグズのままにしていたから,そのまま今に残っている。

論破してくれる人いないかなあ。

その前にもっとちゃんとした論陣張らなきゃダメか。

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鼻にイヤホン

この間テレビを見ていたら,おばかキャラのタレントが耳と鼻がつながっているというのを聞いて鼻にイヤホンを刺してみたが聞こえなかったというのを「ばかだ〜」って馬鹿にしてるやつがいたのである。僕は思った。

こいつ,絶対試してない。

そこで試した。

やっぱり聞こえるじゃん。鼻にさして耳をふさげばしっかり聞こえる。ただ,息が苦しい。


ほんとにやったか念のため調べてみた。
一応ほんとにやってみたらしい・・・
http://ameblo.jp/kamijiyusuke/entry-10082775559.html


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マントヒヒヒヒヒヒヒヒヒ

マントヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒトコブラクダダダダダダダダダダダダックスフンドドドドドドドドドってCMなんだかうきうきする。


ボスのCMでトミーがついに正体をあらわしたのもうきうきする。

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あてずっぽうにCDを買ってみた

久しぶりにツタヤに行ったら20円値上げしていた。まったく,と思うと中古CDが50円から500円で売っていた。運試しにジャケットだけで選んでみるか。先日直感でCDを買ったという人のCDが流れていてそれがやたらよかったものだから,その真似をしてみたのである。もちろん似たジャケットのCDを買ってみた。が,ぜんぜん違った。

ジュリー・ドワロン・アンド・ザ・ウドゥン・スターズ+ウィル・ユー・スティル・ラブ・ミージュリー・ドワロン・アンド・ザ・ウドゥン・スターズ+ウィル・ユー・スティル・ラブ・ミー
(2003/11/10)
ジュリー・ドワロン

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なんの引っかかりもない。何度か聞いているうちにふと心に入ってきたりすることもあるから,それにかけてみるか。

まあ,つまらんことですが,そうやって一枚買って外れると悲しくなるから,mixされたCDも一緒に買ってみた。リスクの分散ってやつ。

Pop Goes DancePop Goes Dance
(1999/02/23)
Various Artists

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これもいまいち。というか,普通に無知。なんかエアロビ用みたいにずんちゃかずんちゃかした曲になってる。知らなかった。

ま,そんなものですよ。結局納得して手に入れることが一番の近道なのだと思いました。
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あじさしの洲・骨王

あじさしの洲・骨王―小川国夫自選短篇集 (講談社文芸文庫)あじさしの洲・骨王―小川国夫自選短篇集 (講談社文芸文庫)
(2004/06)
小川 国夫

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小川国夫を偲ぶといいながら何一つ作品を読んでいないんじゃひどいと思って買ってきたのである。この本を探すにも一苦労。とりあえず,駅前の本屋に行き追悼特集をやっていやしないか確かめてみたのであるが,何事もなかったかのように普段どおりなのである。これじゃ小川国夫の本にどんなのがあるか調べなきゃならんじゃないか,ということでうぃきぺでぃあで調べて,文庫本を探し出してメモって本屋に行った。が,ない。仕方ないので大きい本屋に行くかと新宿紀伊国屋に行ったのだが,ないのである。店員に聞いたところ,南口ならありますとのこと。なぜ紀伊国屋なのにないのだろうかと思うと怒りがわいてくるのである。人一人死んでるんだぞ!と怒鳴りたくなったが,なんか使い方が間違っているような気がしてきてやめた。

まあ,結局他の本屋で見つけました。

あっさりとした文章で,そのくせして一つ一つにやたら引っかかる。諦めつつもしつこい感じがした。そこがなんとも,本質的な部分を突いているような気がして,隅には置けない存在。たとえて言うならば決してクラスで中心的な存在にはなれないけれど,いるってことはみなくてもわかるような。

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東山紀之

今週のターザンの表紙は東山紀之なのだが,あの体に衝撃を受けました。垂涎ものです。細いけど,
細い体としては綺麗にバランスが取れている。ちょっとお尻が小さいけど。だいぶ体重が落ちてしまったので,東山目指して筋肉つけてみようかな。


とかいって,腹筋三回でプルプルいいだした。


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小魚

小魚が指の間を滑り落ち,床に転がるシャープペンシル。

(五七調にアレンジしてみました)
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カンヴァスの柩

カンヴァスの柩 (新潮文庫)

表紙の写真ないんだねえ。もう旧いのかな。

数年前買った自分にコンニチハをするために,大学のときに大量に買った古本の中から一冊,一番薄い本を取り出した。それがこれ。山田詠美。蝶々の纏足など,数冊読んだところからして,結構共感できる部分がありそうな気がしていた。

短編の数々。ひとつの短編は,随分前,何人かでお琴を聴きに行った帰り道,もつ鍋を食べながら話したときに話題に出たものだった。タイトルは覚えていなかったけれど,女性は他の男と知り合ってリセットしてまたもとの男に戻っていくというような話で,どんなものなのかなと思ったものだった。

全く気付かずにその短編を最後まで読んで,「キースはスパイスに過ぎなかった」という一言をみて,ああ,これのことかと思った。しっくりくるなあ,と思ったのだが,実はそうじゃないことに気付いた。人の心というのはそういうものだろうと思っていた,ただそれだけのことだった。そうでもないらしいと思うようなこともあったので,そうかもしれないと思ったけれど,そうじゃないというふうなストーリーが書いてあって安心しただけだった。仮にそうだったとしても,元に戻ってきてもらえる男になれるかどうかというのは別問題だ。そんな視点で読んでしまったのだ。恋されるよりも愛されたい。なぜ受動的なのだろう。それはさておき。

そのストーリーは,ある男と結婚して,その男を愛していたけれど,つい遊びに行ったバーで男に恋をしてしまい,一度だけ寝たけれど,ベッドに腰掛けた瞬間,違和感に気付いて,事のすんだ後,これきりにしましょうといって去り,罪悪感を感じながらも夫に会いたくて走っていくという話だ。

このストーリーにしっくりくるといってしまうと,ひょっとしたら,はしたない人間に思われてしまうかもしれない。しかし問題は自分をどこに重ね合わせるかだ。結婚した男に自分を重ね合わせてみると,なかなかいい気分になれる。浮気性の妻の方だって,まあまあだ。去られた男のほうだと最悪だ。くるくると自分を色々な登場人物に重ね合わせるのが小説の楽しみ方なのかもしれない。いや,これは実に一面的な切り口だ。似た状況で複雑にこんがらがった思いを,うまく表現してくれるときなんとなくすっきりする。どうしてそうなったのか自分でもわからないとき,現実では自分には見えない部分まで書いてくれていて理解できた気になれる。そういうところか。昔は新しい世界を知るために小説を読んでいたような気もするが,最近は過去を整理するために小説を読んでいるような気もしてくる。いや,これは目的じゃなくて,結果の問題だ。

カタカナの名前の男が出てくると,頭に描く映像は茶色い髪の白人。しかし彼女の描く小説には黒人も多く登場する。途中まで読み進んで気付く。なんだかんだいって自分の頭の中も随分偏っているんだと思わされた。

カンヴァスの柩もよかった。どの短編も結構よかった。



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桜吹雪

吹き溜まりに集まった桜の花びらの中に,モンシロチョウの死骸が混ざっていた。

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小川国夫を偲ぶ

と書いてみたものの,読んだ本がない。日経のコラムに書いた文章を読んだきりだ。タバコの話を書いていて,文体がなかなかナイスだったんだが,本屋に行っても彼の本なんて置いていないのである。彼の死を偲ぶべきなのだが,ひょっとすると追悼特集で彼の作品が本屋に並ぶかもしれないと思ったら,最後に一花咲かせてくれました,と感謝しよう。

経済法の勉強をしていたら,なぜ本だけ定価を決めていいのかという話があった。それは,出版業界は,多数のくだらない本を売った売り上げで,貴重な学術本を少しだけ出版するという,ぎりぎりのラインで学問の向上に貢献しているのだから守ってやらなければならないのだ,というもの。本なんてどこかに行けばいくらでもあると思っていたのだが,最近そうでもないことに気付き始めた。くだらないものは一気にブームになり,そのまま一瞬でどこかへ消える。読もうと思う本は,置いていない。

水上勉が死んだときにも追悼特集をしていたが,その機を逃したら,本を買おうと思っても見当たらないのである。いつも本を探すときは,適当に作者とか出版社あたりであたりをつけて書棚から探すので,店員に聞こうにもはっきりしたことが聞けない。「水上勉の坊さんの本ありますか」と聞いたところで,何いっとるんじゃこのボケみたいな顔されたのである。良寛か一休かくらいは聞いてくれてもいいじゃんねと,家に帰ってネットで調べてから思った。


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自分をもっと深く掘れ

自分をもっと深く掘れ!―名著『世渡りの道』を読む (知的生きかた文庫)自分をもっと深く掘れ!―名著『世渡りの道』を読む (知的生きかた文庫)
(2006/07)
新渡戸 稲造

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数日前,例のごとく空腹と眠気で絶望的な気分になった帰り道,白い蛍光灯の明かりに吸い寄せられては行った本屋で偶然見つけた。尊敬する新渡戸稲造の本があるではないか。ちょっとタイトルが自己啓発本ぽくて引っかかったが,いつも面白い新渡戸稲造だから読もうと思って買った。

びっくりでした。色々考えて答えが出なかったことが非常に端的に指摘してある。これが頭のいい人なんだよなあと思ってしまった。昔は何も考えずに出来ていたのにいつの間にか出来なくなってしまっていた数々のことが書いてあったりして,人というのは世にすれてどんどん退化していくものなのかもしれないと思った次第です。

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バター

バターが足りないのは牛が足りないから。余りに単純すぎる理由だ。

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報酬

教科書を読んでいたら,報酬の「酬」の「州」の点が集まってる部分が,ショウジョウバエが止まっているように見えて困った。わかってるのに何度もあわててしまった。

なんて書くと病んでると思われそうだ。どう思われるか色々考えながらものを書いたり行動したりするのはひどく疲れる。しかしそれは大人の最低限のマナーなのだろう。

憲法の授業で習ったことの意味が重みを持つ。絶対的自由は内心に限られる。外部に表現した以上は制約される。いつだったかなあ,ウィルスミス主演の映画で,国家機密のデータかなんかを偶然手にしてしまって行動すべてが監視される羽目になって,ビルの屋上で敵に追い詰められてプライバシーは頭の中だけだよそれで十分だろうって言われてたシーン,たしか”that's enough”っていってて,そこだけ聞き取れたんだよなあ,ってどうでもいいことを思い出した。たいがいの思い出すことはどうでもいいことだ。「婆が駒」ってフレーズがどこで使われていたかなんて,どうでもいいことだ。でも,見たことあればそれだけで10分は笑える。

今夜は花見日和だったと思う。桜は散り際,それも雨の日が一番綺麗だ。芽吹き始めた若芽の色と,散り終わったがくの赤,少し残る白い花びらが頭の上に広がり,下には天の川のように花びらがゆらゆらと集まり散じて流れていく。うまく表現できない。美人コンテスト理論的にはまったく受け入れられないだろう。みんながいいと思うと自分が思うことはたいがいどうでもいいことだ。ただ,傘を差しながらぼうっと花見をしていたおじさんが一人いたのには,粋だねえと声をかけたくなった。







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枝の先

土曜の夜,歓迎会が多いのか,やたら混んでいる電車。道行く人も赤い顔。すこし楽しげ。母親に一生懸命新居を説明している大学生。それなのに,ふと足を止めたらひっそりと音がなくて,空を見上げたら名も知れぬ木の枝の先がほんのり白く輝いていた。

去年の日記を振り返って,やはり随分つまらないことしか書けなくなっているなあといいたかったが,相変わらずだった。でもそれは僕にとってのこと。僕は僕と25年付き合っているようで結局今の自分としか付き合っていない。でも他の人は僕と初めて出会った時から今まで僕と付き合っている。みな僕のことを僕以上に知っているけど,僕は僕以上にみなのことを知らない。結局のところ,僕は他の人から見れば普通の人間に過ぎないのだろう。だからこそ今日しか生きられない僕が生きていけるのかもしれない。

いつか書いた信頼と裏切りの話に新展開。裏切りは単に推測が外れたに過ぎないということに気付いた。裏切らないためには,正しい推測をしてもらうよう正しく自分を表現することが必要で,裏切られないためには正しい推測をすることが必要だ。思ったより簡単なことだった。

扇千景は私の履歴書で「評判というのは放っておくと面倒なことになりやすい」と書いていたが,それは正しい推測をしてもらうことを妨げるからだ。人からの評判のみならず,過去の自分の下した評価にもとらわれがち。挙句に,必要以上に自分の行いとその後に起こった現象に因果関係を認めようとする。分析と評価は簡単だが,対策と実践は難しい。「無用の用」ですら意外と難しいのだ。



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学割(2)

ソフトバンクの学割を適用してもらうために買い換えたほうがお徳かどうかをさらに考えていた。で,とりあえず機種変更の価格や本当に特になるのかとりあえずショップの人に相談してみようとわざわざ聞きに行った。突然,「今ソフトバンクで一年くらい使っているのだが,機種変更した方がお徳かどうか」と問いかけたので,やたら面倒くさい計算をいきなり押し付けられた割に,わからないながら精一杯の参考になる情報を提供してくれた。いい加減なことを言わず,知っている限りの正確なことを話すというその姿勢は聞いているほうにとっても印象いいのだなあと思った。
色々考えて,一番安いのを買うと月々最低2000円からになるので毎月2000円お得(ここまでは前回検討したとおりだった),だが,そういや,あと一年で割賦金の支払いは終わるのだから,2000円お得になるのは1年間ということなのに気付いた。新機種を捨ててもお得になるのではないかというもくろみは崩れ去ったのである。

気になりだしたら止まらない。

実は科目履修も。これは4月病。

ひさしぶりに好きになれそうな先生を発見。けっこう久しぶりにわくわくした。でも取るかどうかとなると別。見るからにいい意味のエリート。笑顔でどんなハードな仕事もこなすタイプ。散々悩んだ挙句会いに行っただけにやめないでよかったと思ってしまった。

最近,普通の人かつまらない人になりそうで不安になるときが時々ある。人生は一つのストーリーでしょう。死ぬときに,傑作作ってやったと胸をはれるのがいい。もうちょっと頑張ろう。でも自己反省も必要だなあ。

自己反省といえば,やはり,発言には気をつけようということなのだ。昔,早稲田を卒業するときに,「早稲田ではいい友人が出来なかったなあ」と早稲田でできた友人に言ったことがある。その友人が息を一瞬呑んだのに気付いた。いい友人は,もう既に「早稲田の友人」ではなくて「友人」だった。だからそんな発言になってしまったのだけれど,やはりそういう友人達も早稲田にいなかったら出会えなかった人たち。発言を聞いた友人にそう伝わっていればいいのだけれど。

ドーナツの中の人,外の人と分けられるのかなあ。中にいるのはいつだか誰かが書いていた100人程度なのかもしれない。ドーナツの中は時間も場所も,ひょっとすると生きているかどうかまで関係なくて,抽象的な永遠の世界。どこで会ったかなんてたいした問題じゃなくて,そこに存在しているとわかるだけで自分の支えになったり影響力があったりする。外にいる人は,永遠じゃないけれど,やはり外から影響を与えてくれたりするけど,時の流れや状況の変化でどんどん遠くに行ってしまったりする。中にいて欲しいと思っているのに,外に行ってしまう人もいるわけで,でもそれはすべて自分の心の中の問題だから,中にいて欲しいと思いながら外に出してしまっているのかもしれないと思うと,なんでそんな苦しいことを自分でしなきゃならないんだろうとも思うけれど,必然なのかな。

わしの目は10年先が見えるなんていってた大原孫三郎さんがいたけど,10年先をみてみたら,こりゃ大変なことになっている。今のほとんどが無駄だ。10年前の自分が今の自分とどれだけ同じなのかというと,ああ,そんなことないか。まだみんないる。ちょっと会わなくなっただけ。よかった。でもこれからの10年はどうかな。ある程度の状況の変化があっても手放さない関係築けている人がどれだけいるかな。

とか,色々考えてみたりして。

あまりいい文章が書けなくなってきた。きっと伝わると思って書くとつらつらかけるけど,伝わっていないかもしれないと思うと,やたら補強しだして筋が悪くなる。文章って一本の細い線だから,そんなのをぐるぐる巻きにしたら汚いだけなんだけど,その方が少し体裁がよくなる。

さてさて,なんでこんな詰まらん話ばかり書き綴っているのだろう。

面白いことでも書こう。

あいはぶあどりーむ。あいはぶあどりーむ。あいはぶあどりーむ。

ふっふっふ。ふっふっふ。




なんか元気が出てきた。

ちょいまち。ムガベがいなくなるの?
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健康診断

今日は健康診断に行ってきた。なんだか最近物がよく見えないので視力が大幅に落ちているのだろうと行く前から落ち込んでいったのだが,視力1.5と1.2というなんの問題もない結果になった。この結果から出てくる仮説は,視力検査が得意である,ということか,普段見えないのは見ようとしないから,という二つの可能性。たぶん両方だろう。検査はEがどちらを向いているかというので答えるものだったが,「10番右,11番左,E右」,と思わず答えてしまい,笑われた。ちなみに体重は61.2キロ。ちと痩せすぎた。思い出す限りでこの体重は中学生レベルだ。

「目が悪くなると星が見えなくなるんだよ」とある友人が教えてくれて,それは余りにも悲しいから,目が悪くなるのは嫌だと思った。

最近靖国とか日教組の事件とかで右翼による妨害の恐れがあるから中止,というのが話題になった。憲法の授業やらで少し勉強したはずなのに,こういった事件を分析することができない。不勉強だなあと思った。なんて考えていると,いつものごとく,ずらして考えてみたくなってきた。G8やサミットなどで大規模なデモを行うNGOと右翼の違いって何だろう。やはり自分の考えにもバイアスがかかっているなあと思った次第。正しいとか間違っているとか以前に,筋が通っているかどうかで判断しなければいけない。そういえば清四郎の君が代も発売中止になったし,最近目に止まるようになっただけで,ずっとそういうことは続いていたんだろう。少し勉強したから,なんとなく分析できそうな気がして目に留まったのだろう。

表現の自由といいながら,結構いい加減だなと思ったりもするけれど,発表できなくなったことが報道できるというのは表現の自由の一つなんだよなあ。

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学割

あと一年で学生も終わりだと思うと,「学割」と聞いただけで,なんだかものすごくお得な気がしてきてしまう。今のうちに学割使っておかないと損するんじゃないかと不安でたまらなくなるのでありますが,不要なものにお金を使うとむしろ損になるわけです。そこで,損にならないという屁理屈を自分で立て始めるわけです。

今回は,ソフトバンクのホワイト割引。4月15日から既存ユーザーも対象になるということで小躍りしていたところですが,よくみると機種変,買い増しの場合にのみ適用となるのだそうです。それだって,3年間基本使用量が無料になるんだからずいぶん安くなるんじゃないかと思って少し計算してみたりして。とりあえず,現在との違いは基本使用量とパケ放題のスタートの値段が0円になるところ。つまり,毎月2000円はお得になる。それが3年間続くのだから36ヶ月で72000円。これに,現在の端末の割賦の支払いの残りが30000円程度。買い換えたほうがお得〜〜。

なんて取らぬ狸の皮算用。買い替えの場合は端末代が高くなるから,今よりも毎月あたりの割賦金支払いが増える。だからあまり変わらない結果になりそう。とすると,変わらないなら新しい携帯のほうがお得?

なんてやっぱり取らぬ狸の皮算用。

さらに考えは進んで,新規で買えば,端末代を抜かせば月々一番安くて315円+7円(ユニバーサルサービス料)の322円ですむんだったら,買い足したほうが安いんじゃないのと思い出すのである。が,よく考えたら,毎月322円支払いが増えるのであるから損だ。だが,2年ローンで買うスーパーボーナスだと,1年前と変わっていなければ毎月2500円程度は支払わなければならなくなって,そこから322円引いた分が無料通話通信分として使えることになる。とするとやっぱり得か。

むずかしい。

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フォー

お気に入りのインスタントフォーがあったのだが,今日買いに行ったらなくなっていた。聞いてみると,なんだか添加物が入っていたため取引をやめたらしい。「え〜あんな美味しいのに」とつい言ってしまった。ベトナムかどこかからの輸入品だったし,危険だといわれればそうかもしれないが。最近外で食べようとする食べ物の多くが生ごみに見える。あながち間違っていないんじゃないかとも思うが,普通じゃないから言うのをやめよう。と思いつつもう一言言ってしまいたくなる。食べられるものを捨てるのがもったいないという一方で,ごみを食べさせられたら怒るのである。なんかよくわからんなあ。

いやよくわからんのは自分のあたまんなかだ。

エイプリルフールに面白いことの一つもいえなかった。そんな日もある。

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