明日は七夕ですね。ブッシュと福田とサルコジあたりが彦星の衣装を着て,メルケルが織姫の衣装を着て,短冊に温暖化防止と書くのでしょう。小渕さんが株上がれ〜といってカブを持ち上げたらほんとに株が上がったように,意外とこういうのって効き目があるかもしれない。
今日考えていたのは,一番偉い人と一番ひどい人というのは紙一重であるかもしれないということでして,問題が生じる前に早め早めに手を打って何もしていないように見える人というのが一番えらいとすると,氾濫分子を早め早めに潰してしまう人というのは一番ひどいように思えるが,偉い人と変わるところがないのではないかということです。表現の自由を最大限に尊重しようとして,悪性の高い表現をも許容するよりは,その手前でとめてしまう方がスマートなやり方とも評価できそう。もっとスマートなのは悪性の高い表現をしようとすらしないようにすることだけれど,そうすると今度は言論統制を超えて思想統制により近くなる。というとこれはいかに。いかにっていわれても困るか。
くだらない混乱なのですが,トリシェ総裁がトルシエ監督っぽく読めて,しかも写真がちょっとオシムっぽい顔で,喪黒福造の「ドーン!!!!」みたいに指を差しているところがやたらと多いような気がする。
でまあ藤子不二雄ってやっぱりすごいなあと思ったわけですが,AもすごいがFもすごいわけで,ドラえもんなんて,Fのドラえもんを超えるドラえもんはやっぱりまだ出てきていないんじゃないかと思って,とするとやっぱり,取替え不可能な才能というのは存在するのだ。問題は代替可能な仕事を設定するところにあるのだが,労働力の流動化とか言い出すと今度は代替可能な仕事であるほどすばらしいことになるようにも思えてきて,考え出すとわけわかめ。
こうやって混乱するのはキーワードに踊らされているから。



