本質を語らずに,その周辺を語るだけというのは楽しいことだが,そういうことに慣れてしまうと,本質を語ることができなくなってしまう。いい加減なことばかりを語ると,案外いろいろな人とうまくいくが,なんとなく浅はかだ。いい加減なことをいっているようで本質を語っているのが一番いいのだと思うが,本質を語れなかったとするならばただのいい加減な人になってしまうのである。
とまあこれまた本質的なことを何一つ語ろうとしない姿勢なのであります。いやまあ,夏目漱石はやっぱりすごいなあと思うわけです。
今日はあんまり暑いもので,家を出ようか出まいか考えているうちにどんどん日が高く上り,結局のところ,一番暑い時間に外に出たところ,頭がボーっとして,道を間違え,戻るのも面倒だから右右と曲がっていけば元に戻るだろうと思ってふらふら曲がっていたら,荒木町というとんでもなく迷路の道に迷い込んでしまい,文字通り右往左往することになってしまったのであるが,細い道がうねうね通って挙句の果てに階段ばかりで上り下りで見通しが利かないものだから,ぜんぜん,どちらに向かって歩いているのかわからない。そんななか,ぽつんと池があったのである。なんだこれ,と思って,池の中をのぞくと,巨大なすっぽんが首をもたげていたのである。嘘のような本当の話。つい,「すっぽん!」と叫んでしまってあわててあたりを確認したところ,近くのベンチでサラリーマンが電話をしていたのである。すっぽんは,面倒なやつに出会ってしまったといわんばかりに首を引っ込めた。浅い池だったのに,首を引っ込めたとたんあたりの泥がうっすらと巻き上げられ,徐々に姿が薄くなって,どろんと消えていってしまったのである。
教訓。旧い町並みには気をつけろ。



